「美学(エステティックス)」は、「美」と「芸術」と「感性」を対象とする学問です。そう聞いただけで、この学問の範囲が「広すぎる」という予感をもたれるでしょう。その通りです。美学は対象範囲が広すぎて、それを俯瞰することすら困難です。最近、本学会が編纂した『美学の事典』(丸善出版、2020年)は、全八章で構成されています。美学理論、美術史、現代芸術、音楽、映画、写真・映像、ポピュラーカルチャー、社会と美学がその八つです。美術や音楽、映画といった各芸術ジャンルを対象とする学会は、日本国内に他にも多数存在していますが、それらをすべて包含するかたちで成立しているのが、本学会の最大の特徴です。専門知を深めることと、隣接する諸領域を横断することの(ときに危うい)バランスのうえに、本学会は成り立っています。
そのため、本学会の会員諸氏は「一人の研究者が一つの専門領域を代表する」という独立独歩の気風をもっています。簡単にいえば「何だかよく分からないけど、すごそうな人」がたくさん集まっている感じです。これはベテランだけでなく、若い大学院生も同様です。各部会(東部会と西部会)での例会(研究会)や、年に一度秋に開催される全国大会は、会場の中も外もすごい熱気で、いたるところで議論が発生しています。街を歩いているだけではなかなか出会えないような、そうした人達と高確率で出会えることが、本学会の最大の魅力です。
私の会長としての任期は三年です。何ができるか分かりません。何かをするには短すぎることも自覚しています。前会長の時代は、学会全体の長年の悲願であった『美学の事典』を刊行した、いわば総括の時期でした。それに対して、今後しばらくは、学会として新しいことにチャレンジする時期になるのではないかと予想しています。
日本全国の大学に、美学や美学芸術学、美学美術史といった名称をもつ学科や研究室が存在します。そこに所属する教員や学生、研究者が地域をこえて連携・交流するための場として、これまで本学会は機能してきました。その基本的機能は今後も維持する必要がありますが、他方で、美学という学問は、大学の枠やアカデミズムの制度に必ずしもとらわれなくてもよいようにも見えます。学会の本分は、優れた研究成果を効率的に生み出すためのコミュニティの支えとなることです。オープンな雰囲気と高いクオリティを両立する組織であり続けるために、会員の属性や活動の形態は、時代や環境に即応して、どんどん変化し、またもっと多様になってよいはずです。その具体的な姿は、私自身にもまだ見えませんが、試行錯誤しつつ、柔軟な姿勢で、そして何よりも私自身が楽しみながら、やっていきたいと思います。
学会運営に対する会員の皆様からのご意見やご助言をつねにお待ちしています。
現会長
吉田 寛
東京大学文学部・大学院人文社会系研究科准教授。
1973年生。
東京大学大学院人文社会系研究科助手、同助教、立命館大学大学院先端総合学術研究科准教授、同教授を経て、2019年より現職。
現代音楽や音楽美学の研究からスタートし、いろいろな寄り道や廻り道を経て、現在では主に遊びとゲームの研究をしています。
私の研究にご関心のある方は、インターネットですぐにアクセスできる以下のオンライン公開講座をご覧ください。
・YouTubeチャンネル「未来に残したい授業」
https://youtube.com/playlist?list=PLIBsNBJCy-qWVoqa22Or2OtojdUKGCuB2